病める時も健やかなる時も・・・・わたしはわたし

そのままの自分でシアワセ探し💕

キューブラーの死の受容過程

14年位前に小池さんに香り庵に誘ってもらい「やってもらうのは好きだけど

やるのは無理です。」って言いながら

気がついたら働いていた😅

 

何年か経って

介護事業やるって言われて

「ウンコは無理です。」って言いながら

気がついたらヘルパー講座通い始めて
気がついたらろくじろうがスタートしていた😅


ろくじろうの立ち上げから

小規模多機能への移行

いつも小池さんの側にいた自分が

ろくじろうを辞める決心をしたのは

ある事件がキッカケでした。


当時90歳を過ぎ深い認知症のみーさん
みんなが帰り始めて

お泊りのみーさんは落ち着かなくなっていた「私も娘の家に帰ろう」

きっとそう思ったんでしょうね。
玄関を出て居なくなってしまったんです。
幸い、送迎車がみーさんを見つけて

乗せて帰って来てくれたんですが・・😰


その夜、小池さんにその時の状況を聞かれ

必死に言い訳まがいの説明をする私に

小池さんは
「るみちゃんらしくないよね。

前のるみちゃんならみーさんの変化を見ないふりしたりしないよね。」


もちろん

意図的に見ないふりをした訳ではない
でも、確かに見ないふりをした


みーさんがソワソワ不安な事に気づいていた

気づいていたのに

そこから先の思考を止めて
他のおばあさんの帰り支度に逃げていた

 

みーさんに寄り添うことが出来なかった

 

「私だけが悪いの❓」とか

「私の苦しさは誰にもわからない」とか

頭の中はぐるぐるしていたけど

ハッキリわかっていたのは

「もう無理だ・・」
そして

ろくじろうを辞める決心をした


パーキンソン病と言う病を受け入れられずに

もがいて、もがいていた頃のこと


キューブラー・ロスの死の受容過程

私の病気の受容にもピッタリで
その頃の私は第2段階『怒り』

 

6年前44歳の時に

パーキンソン病の可能性があると言われてから今日まで
この5段階を必死に過ごしてきた


死の受容と大きく違うのは
「死ねない」と言うこと
パーキンソン病の私のままで

生き続けなければならないこと
実はそれが一番辛かった


第1段階の『否認』は、

Dr.の「可能性があります」と言う曖昧な言葉にも影響された
パーキンソン病じゃないかもしれない
まさか私がパーキンソン病になるはずがない
友達にはパーキンソン病なんて

みっともないと思ってたから言えなかった

小池さん達仲間には話していたけど

「まだはっきりわからないし」

そう言って
パーキンソン病じゃない可能性にしがみついた

本当の想い、

泣き叫びたいくらいの不安や怖さを

見せることが出来なかったせいで

「誰もわかってくれない、わかるはずがない」そう心が孤立していった


第2段階の『怒り』は

「どうして私なの⁉️」
今まで自分が傷つけてきた人や

裏切ってしまった人

迷惑かけた人を思い出して

「バチが当たったのかなぁ」

とか思う反面

「それって私だけ⁉️

もっと酷い人も世の中いるじゃん。

何で私ばっかり❓」
病気になった事も

そのせいで変わっていく暮らしも

すべて腹立たしくて悔しくて
「一生懸命頑張ってきたのに

どうしてこんな事になっちゃったの⁉️」
ろくじろうを辞める事になった事も

情けないやら悔しいやら

毎日死にたくて、毎日泣いていた

おかげさまで
一番病気が進んだ時期でもあります😅


第3段階の『取引』は

何とかパーキンソン病を治そうと必死でした。鍼灸治療にマッサージ

加圧トレーニングにメンタルケア

そしてドテラのオイルにミネラル、サプリ


死の受容過程の中の『取引』と違うのは

私はパーキンソン病のまま

生きていかなくてはいけないので

この段階で沢山の情報を得て

自分で選んで試していく事で

ぐーっと症状も良くなって

死にたいと思うこともなくなって

ある意味、私にとってはいい時期


ただ、その後直ぐに

そんな私を試すかのように

病気が進んだのですが。


そして第4段階の『抑うつ
やっぱりパーキンソン病は治らない

パーキンソン病から逃げられない

という思い
でも、私の『抑うつ』期は

ドテラのオイルでメンタルケアが出来ていたので

身体の症状・状態は過去最悪で

歩くのもやっと1人で外出も出来なかったけど心は驚くほど安定していた


そして5段階『受容』
もちろん、私の場合は死を受容する訳ではない
パーキンソン病を持って

パーキンソン病のままで生きていく『受容』


そこまでの4段階を必死に乗り越えながら

それぞれの段階で少しずつ

自分が変化してきていた


自分ばかりが頑張ってるような気になって

仕事の続かない旦那に不平不満ばかりだった私

でも
病気になっても

働けなくなっても

何も変わらず笑っていてくれる旦那に

初めて感謝の気持ちが溢れた

自分の傲慢さにも気づいた


自分の弱さを許せない私は

他人も許してないことに気づいた


人を変えようとしたり
人を攻撃することで自分を守ろうとするけど

人は変えられない
誰かのせいにして攻撃しても何も変わらない


何を選ぶか

何を引き寄せるかは

全て自分次第だってことも

散々誰かのせいにして気がついた😅


パーキンソン病である自分を

隠さず発信するようになった事で

ドテラや介護職の仲間が増えて

沢山の人が心配してくれて応援してくれた


子供の学校行事や部活で
学年関係なく

いろんなママ達が優しい心遣いをくれたり

手を貸してくれた


求めてばかりの自分が

実は
こんなにも愛を与えられている事に気づいた
その愛をいっぱいいっぱい
素直に受け取っていいことも教えてもらった


「申し訳ない」じゃなくて

自分のハートが満タンになるまで

いっぱい受け取ればいいと。
いっぱいいっぱい受け取って

自分のハートが満タンになったら

今度は私が誰かのハートを満タンにしてあげればいいのだと。


パーキンソン病を受け入れた私は

たくさんの人を幸せに出来る気がする


私の身体と心の両方を

救ってくれたドテラのオイルをツールに

たくさんの人を幸せにする


この5段階を越えた私は

統合医療という選択をして

最小限の薬と

ドテラのオイル、ミネラル、サプリで
こんなにも元気になって


パーキンソン病と言われた時

「みんなに迷惑かけながら

苦しみながら生き恥を晒して生きて行かなくちゃいけないんだ。」
そう「死ねない」ことを恨んだけど

今は命あることに心から感謝してる


キューブラー・ロスの死の受容過程

最後の『受容』が

「生きること」だったことに心から感謝

 

まだまだ

これからも悩むだろうけど

私は大丈夫。

乗り越えていこう

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