病める時も健やかなる時も・・・・わたしはわたし

そのままの自分でシアワセ探し💕

としょの4回目の命日。

こんばんは、るみねぇです🌇

皆さん「としょ」って何か分かります❓

 

方言なんですが、

曾祖父母を「としょじい」「としょばあ」

「としょ」と呼びます。

 

高校を卒業して、やって来た白浜。

実の娘のように私を可愛がってくれた

白浜の父、母がいました👬

 

その白浜父の親である「としょばあ」の

4回目の命日がやって来ます。

 

白浜母からSOSの携帯が鳴ったのは

としょが入院中の事でした😧

 

「悪たれ(文句)ついてリハの先生の

言うことも聞かない😓

看護師さんにも口も聞かなかったりする。

退院させたいけど、動けないとしょさんを

家では見切れない。

ろくじろう(当時私が勤めていた介護施設)で

動けるようになるまで見てもらえないか。」

 

 

早速、リハの時間を狙って病院へ🏥

仏頂面のとしょに声をかけると

あっという間に笑顔に変わる😜

ワーカーさんが目を丸くして苦笑い💦

 

数日してとしょは退院、ろくじろうにお泊り。

ろくじろうに着き、車を降りるとしょは

挨拶に来たスタッフを軽くシカト🤣

そのくせ、スグに馴染み

翌日には「家チカクあんしん、アリガトウ」

そう書いて渡してくれた😌

 

白浜母は毎日、としょに会いに来た。

頑固で口の悪いとしょに

嫁いびりで泣かされた事も数えきれない😫

でも、長い年月を一緒に過ごし

何よりも家族だった✨✨

 

花農家で長年ハウスで仕事してきたとしょ。

大好きなハウスへ昼間一緒に行ったり

たまには、家にお泊りしたり・・

 

90歳を過ぎたとしょ

「死にたうはねぇけんがよ、

なかなか死なねぇなあ。」

よくそう言って笑ってた。

 

「そっかぁ、いいじゃん。

お迎えが来るまで、一緒に笑おうよ。」

 

 

 

お迎えは突然やってきた💧

元気なとしょが風邪を引いた。

昼間往診を受けると、心不全も起こしていた。

でも入院しないと、としょが決めた。

 

「としょ、死んじゃうといけないから

家に帰る❓帰りたい❓」

 

 家で死にたいと言っていたとしょ

タイミングを外したくはなかった。

もう、言葉は選ばない。

 

少し考えてとしょは「まだ大丈夫。」

「わかった。

帰りたくなったらスグに言うんだよ。

夜中でも連れて帰るからね。」

 

白浜母には、いつでも帰れるように

部屋を準備しておいてくれるように頼んだ。

 

翌日の夜中、夜勤者から

としょが呼んでると連絡があった😓

オーナーの小池さんと白浜母も駆けつける。

 

「うちへ帰る。」

 

何も迷うことはない。

まだ薄暗い中、月明かりを浴びながら

としょを車に乗せた🌙

 

家に帰ってから

としょは白浜母にいっぱい看てもらった💕

としょも目一杯頑張った。

私達も入れ替わり立ち替わり

みんなで何度も家に通った。

 

1週間後、白浜母から携帯が鳴った📱

「としょさんがもうダメみたい・・・」

充分に看てきた白浜母の声は落ち着いていた。

 

「としょ❗️」

 

玄関を駆け上がると

 

「としょさん、大好きなるみが来たよ。」 

白浜母がとしょに声をかけてくれた。

 

としょの頬を両手で撫でながら

「としょ、頑張ったね。

うちに帰って来れて良かったね〜。」

 

としょは少し笑ってから

すぅーっと息を吐いて旅立って行った。

 

「としょさんはやっぱり

るみが来るの待ってたんだわ😌」

 

「としょ、待っててくれてありがとう。

ありがとうね☺️」

 

みんなで泣いて笑って 

としょを見送ったあの日・・・

 

としょ、ずっと忘れないからね✨✨✨

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