病める時も健やかなる時も・・・・わたしはわたし

そのままの自分でシアワセ探し💕

最期まで家で看るということは⁉️

「最期まで家で看る。」

それが現実味を帯びた時、

余りにもイメージ出来ずに戸惑った❓❓❓

 

介護を仕事とし始めてはいたものの

当時のろくじろうはデーサービス。

看取りの経験はなかった。

 

小池さんと東京まで通い

三好春樹さんや「よりあい」の村瀬さんの

講座で沢山聞いた在宅や看取りの話。

本も沢山読んだけど・・・

未知の世界だった。

 

でも

 

「もう病院には行きたくない。

家で死にたい。」

 

そんな義母の願いを叶える為に

義父のように病院で一人で逝かせない為に

在宅で介護することを決めた。

 

介護ベットを借り、奥の義母の部屋から

すぐに目が届く座敷に義母の場所を作った🛌

訪問看護を24時間対応でお願いする。

 

その時、初めて気がついた。

 

「何かあったら救急車を呼ぶ🚑」

そんな当たり前だと思ってたコトを

しないと言う選択。

 

急に自信がなくなって、恐くなった😰

骨の癌だけに、末期の痛みを案じていたのもあり

不安がドンドン膨らんで・・・

思わず、ケアマネに聞いて見た。

 

「病院で出来て、家で出来ないコトって何❓」  

 

ケアマネの答えは「延命措置だけ。」

 

ならば、腹をくくるしかない☹️

ケアマネや小池さんに

何度も背中を押してもらい、助けてもらった。

 

私が仕事から帰ると

「先生がマッサージに来てくれた。」と

嬉しそうに話す義母。

忙しい合間をぬっては、小池さんが

アロママッサージに来てくれていた。 

 

座敷に出たコトで義母の友達も

来やすくなったようで

頻繁に顔を出してくれ

時には、義母と留守番までしてくれた。

 

「マンマはみんなと食べる。」

亡くなる前日まで台所に出てきた。

シルバーカーでヨタヨタ出てくると

「ババ大丈夫⁉️」

子供達が横を支えたり、酸素のチューブを持つ。

いつもの自分の場所に座り

嬉しそうにみんなの顔を見回しながら

ほんの少しのご飯を食べる。

 

介護を学んだお陰で、痩せ細った義母を

お風呂に入れるのも怖くなかった。

2人で入るお風呂は、中々いい時間だった。

 

でも、私にパジャマの袖を通されながら

「ねんねこと一緒だ〜なぁ。」

少し悲しそうに呟いた義母の顔も忘れられない。

 

夜は、座敷の義母のベットの横に

私と三男の布団を敷いて寝た。

 

私を気遣い、そっとポータブルに座る。

オシッコの音で私が気づく

「いいよ、寝てろよ〜。」

ポータブルからベットに上手く戻れないのに

気丈に立ち上がろうとする。

 

「大丈夫、大丈夫👌」

ベットに戻るのを手伝う。

 

昼間、便だけはトイレに行こうと頑張って

一人で廊下で転んでしまった事もあった💦

 

そんな頃、中学生だった長男が私に言ってきた。

「ババ、病院に入院させてあげれば?」

「病院に行った方がいいと思う?」

「うん、病院に行けば少しは良くなるんじゃない?なんか可哀想。」

「ババがね。家に居たいんだって。

みんなと一緒に居たいから、トイレもご飯もお風呂もああやって頑張ってるんだよ👍

病院に行っても、ババの病気は治らないし。

だから、ババは可哀想じゃないよ。

あんた達と居られて、幸せなんだよ💕」

「ならいいんだ。わかったよ😊」

 

大人だけじゃなく、子供達にとっても

いろんな事を教えてくれた義母の介護。

 

最期の日は、思ったより早くやってきた。

今でも、昨日の事のように覚えている。

ゆっくり・・

思い出してあげよう🤗

 

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